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最新記事【2008年05月14日】



家庭教師の選び方

ネットでたくさんの家庭教師や塾講師の情報が出ているけど、
パソコンでは。。。と考える方は個別で探さなくてはいけなくなります。

そんなときどのようにさがせばいいのでしょうか?

1. 
知人などで信頼出来る人がいないか

 知人の紹介だと、身元がしっかりしていて安心。
実際に家庭教師を頼んでる方に、先生の評判を聞いて確認できる。

2. 
大学の求人課で探す

     近くに大学がある場合は、求人課で家庭教師を募集することもできます。
     また大学に、直接電話して聞いてみましょう。
     何人か面接してその中からお子さんと相性がいい家庭教師を選ぶのも方法です。  
3. 
掲示板などを利用する

      スーパーの掲示板、フリーペーパーの求職情報などで探す。ただ、信用出来る相手かが     分からないという欠点があります。


選ぶ際の注意点



料金が適切か

「安い」ばかりを強調する業者は要注意です。一見、基本料金だけ安く宣伝していますが、よく調べると紹介料やオプション料金、複数科目だと基本料金が適用されないなどの場合があります。他にも高額の入会金があったり、諸経費がかかったりする場合があります。



自宅にすぐ営業マンが来たりしないか

→問い合わせの電話をしただけで、すぐ営業マンがすっ飛んでくるようなところは要注意です。さらに、強引に押し掛けたうえでその場で捺印を要求するような業者は、100%悪徳業者と考えて間違えありません。絶対に断りましょう。



おためしに注意!

全部が全部、そうではないですが、一部業者では「おためし」の講師は「おためし」専門の講師が派遣される場合があります。
この場合、もちろん本契約した場合は「おためし」先生より低いレベルの家庭教師が派遣されてきます。注意が必要です。



自称「プロ家庭教師」に気をつけよう!

「自称プロ」の家庭教師は、時給1万円以上などの高額な料金を要求することがあります。
しかし「自称プロ」の家庭教師は、ほとんどが元教員やフリーターなどです。学歴などもねつ造している場合があり、信用できません。
また人間的に問題がある場合もあります。特に教えを受ける子が女子の場合、家庭教師のセクハラなどに注意しましょう。
家庭教師は他人を家に、定期的に入れるわけですから、指導力だけでなく、人間的にも保証できる人である必要があります。注意して決めましょう。



専門家庭教師のメリット

東京慈恵医科大学医学部を受験する際に知っておいた方がいいのは、

●行きたい学部に受かるための最低限必要な情報

●定員は何名で倍率はどれくらいか
●最低合格ライン点はどれくらいなのか


という必要な情報です。

これらの情報を把握したうえで各教科の目標点を決めたり、受験対策を立てたりすることが重要です。

それらを知ることは始めて大学を受験する受験生にとっては難しいことではないでしょうか?


私たちが目標とする目標達成能力の養成という観点から教育を考えた時、最も効率的で適した方法は、
マンツーマン形式または家庭教師はそれに近いものだと思います。
それは、目標設定から合格まで受験生一人の特性に合ったオーダーメイドカリキュラムをつくり、合格まで最短距離でいくことができるのです。
受験生一人ひとりの弱点を知り、何が不足しているのかを把握することで生徒の実力アップにつなげていくことができます。

今は、
塾や家庭教師といったその道のプロが合格への近道を教えてくれるのです。
受講する教科が選べるので、自分の弱点や得意科目に合わせて授業を受けることのできる工夫ができるようになっています。

また計画的に合格への計画プランやノウハウを教えてもらえます。
現状の成績を分析し、不足している所を重点的に補って強化していくためのアドバイスも行ってもらえることが専門家庭教師のメリットです。

教育理念


医学科の教育理念は『医学を正しく認識し、その基本的知識・技能を習得し、さらに医の倫理に照らして医学を実践し、併せて自己の人間性を豊かにすることです。このことは即ち、「病気を診ずして病人を診よ」という建学の精神に基づいて医学を実践することを意味するのです』と定められています


教育目標
新カリキュラム(平成8年度以降)

1.一般目標
東京慈恵会医科大学における6年一貫教育に関しては、卒前教育検討委員会および慈恵大学百年記念事業委員会の最終答申に提示された理念と本学の教育理念に基づき、医師、医学研究者としての知識、技術のみならず、人間性、倫理感、使命感、責任感に富み、患者に奉仕する人間性豊かな医師を育成するには、卒前教育はいかにあるべきかということを熟慮した。
 
また元来、大学における教育は受け身のものではなく、「自ら求め、自ら学ぶ」のが原則であるが、近年の医学の情報は驚異的に増加しつつあり、学生にとっては負担が大きく勉学しにくい状況になってきている。そこで、増加しつつある情報と余裕のある教育とをいかにバランスよく調和させるかということも重要な課題として考慮された。

新カリキュラム作成では、具体的には以下の点に重点を置いて検討した。

1) 時間的・身体的ゆとりをもって学習できること。
高木兼寛の言葉に「教育時間の過多のための過労は精神に倦怠不快の感を与え、健康を害することおびただしい。このような詰め込み主義の教育では、学生に物を考えるいとまを与えず、学問に興味を失わしめる。」というのがある。新カリキュラムでは、学祖のこのような言葉を尊重して、ゆとりあるカリキュラムを目指した。

2) 将来、医師、医学研究者となる自覚をもち、医学に対し十分に動機づけされること。

3) 生涯学習の習慣を体得するために、自主的、積極的に自己学習する習慣を身につける。

4) 自ら問題点を抽出し、その問題を解決する能力を身につける。

5) 人間性に根ざした倫理的判断力を体得する。

6) 医学研究の一端にふれ、創造性を開発し、科学的思考力と判断力を身につける。

カリキュラム概要

■医学部医学科_西新橋校舎(大学1号館)"自ら求め、自ら学ぶ"
 6年一貫のカリキュラム

東京慈恵会医科大学は豊かな人間性とバランスのとれた知識と技術を身につけている良き臨床医、および研究の目的をよく理解して、深い知識と斬新な実験技術とを十分に駆使し、オリジナリティのある研究を行うことができる、良識ある医学研究者を養成する大学です。
 
自ら医学の道を選び入学してくる学生諸君には、医学に必要な基本的知識や技能・態度を習得すると共に、ますます専門化している医学知識や技能だけに目を奪われることなく、社会的良識の上に立って、さまざまな問題を解決する能力が必要です。
 

東京慈恵会医科大学の教育の基本は、疾病を克服し、人類の健康を増進するための医学の基本的知識や技能ならびに態度・習慣を習得することですが、その上に「病気を診ずして病人を診よ」という建学の精神に基づいた人間性豊かな医師になるための責任感、使命感、および倫理感を身につけ、実践することを重視しています。

このような考え方に基づき6年間をとおしたカリキュラムが編成されています。その基本は4本の柱からなります。


"総合教育"では人間性や倫理的判断能力を養うために人文科学、社会科学などからなるユニットを少人数グループで学びます。"生命の科学"では科学的判断能力を養い、新しい医療技術を開発して駆使できる素養を習得するために、自然科学、基礎医学、社会医学を臨床医学との連携を考えて学びます。
 

"研究"では自ら研究テーマを選び、研究を遂行する能力を研究活動をとおして体得します。"医療(診療)の実地"では卒業する時までに必要な基本的医学の知識と技能・態度を習得するため、臨床医学における診療の実際とその科学的根拠を学びます。

 
これら4本の柱をもとに基本となるコースについて概説します。本学ではこの柱を基本に、たえずカリキュラムを見直し、改善を図っています。平成8年度に大幅なカリキュラム改訂を行いました。平成14年度からはさらなる改訂を行った新しいカリキュラムが始まりました。これらのコース内にはさらに細分化されたユニットがあります。


(出典;東京慈恵会医科大学HPより)
東京慈恵会医科大学HP

歴史

明治15年(1882)、高木は戸塚文海とともに有志共立東京病院なる慈善病院を発足させている。この病院の設立趣意には「貧乏であるために治療の時期を失したり、手を施すことなく、いたずらに苦しみにさらされている者を救うこと」にあるとしている。「美服をまとい資力のあると認められた者はむしろ断られる」風さえあったという。このような趣意は、高木が英国留学中にうけた人道主義や博愛主義の強い影響によると思われる。同病院の資金は有志の拠金によるものであり、有志共立という名はそのためであった。病院総長としては有栖川威仁親王を戴き、また海軍軍医団の強い支援があった。海軍軍医団は英国に学んだ者が多く、その点軍医の多くをドイツに留学させ、東京大学と密接な関係をもっていた陸軍とはすべての面で対抗意識が強く、常に一線を画していた。東京大学でも施療患者の制度ができていたが、それは「貧困にして、その医学研究上とくに重要と認められた者は、無料入院せしめ治療を施すものとす」とあるように、むしろ研究材料を確保する意向が強かった。
高木兼寛(明治8年)

 有志共立東京病院は、こうした慈善病院のほかに医学教育の場としても重要な役割をはたしていた。成医会講習所や海軍軍医学校の実習病院の役割を担ったのである。これは、英国で経験した慈善病院と医学校の関係を東京に実現しようとしたものである。明治20年(1887)、同病院は皇后を総裁に迎え、その名も東京慈恵医院と改め、経費は主に皇室資金によることになった。成医会講習所も成医学校に、次いで東京慈恵医院医学校に改称され、同病院構内(芝区愛宕町二丁目、現港区西新橋三丁目)に移転した。
 有志共立東京病院時代の特筆すべき事業の一つに看護婦教育所の設立がある。英国留学時代、セント・トーマス病院に付設されていたナイチンゲール看護学校を目撃した高木は、日本の近代看護教育の導入にも極めて積極的であった。彼は明治17年(1884)10月、米国宣教師のリード女史を招き看護婦教育を行わせている。これが日本での近代看護教育のはじまりである。第一回生はわずか5名であったが、総裁皇后の臨席をえて卒業式が行われた。現在の慈恵看護専門学校はこの流れを汲むものである。

 明治40年(1907)、有栖川宮威仁親王妃慰子殿下を総裁とする社団法人東京慈恵会が設立され、東京慈恵医院の経済的支援をすることになったので、東京慈恵医院は東京慈恵会医院と改称され、またすでに医学専門学校に昇格していた東京慈恵医院医学専門学校は東京慈恵会医院医学専門学校と改められた(東京慈恵会の精神的基盤は仏教の慈悲心にあるといわれる)。
 大正10年(1921)、大学令の公布を機会に東京慈恵会医院医学専門学校は東京慈恵会医科大学に昇格した。そのとき、高木家私有の東京病院が大学に寄付されたため、当医科大学は附属病院をもつことになった。昭和27年(1952)に学制改革による新制の大学となり、昭和31年(1956)、大学院医学研究科博士課程の設置が認可された。



(出典;東京慈恵会医科大学HPより)
東京慈恵会医科大学HP

概観

大学全体
1881年に開設された成医会講習所が起源。大学令に基づく日本の私立の旧制大学の中で最も古い単科の医科大学である。医学部のみを設置し、医師・看護師の育成を行っている。東京慈恵会医科大学は学校法人慈恵大学が運営する4つの学校のうちの1つに位置づけられているので、正式な名称は学校法人慈恵大学・東京慈恵会医科大学である。

建学の精神
「病気を診ずして病人を診よ」


沿革

略歴
東京慈恵会医科大学は、高木兼寛が1881年5月1日に、京橋区鎗屋町11番地(現、中央区銀座4丁目・現在、同地には、1980年5月1日に設置された、「成医会講習所跡東京慈恵会医科大学発祥之地」という記念碑がある。)にあった東京医学会社の一部をかりて開設した「成医会講習所」が起源である。

このとき、たまたま前年に廃止された慶應義塾医学所に関わっていた松山棟庵と隈川宗悦が成医会講習所の設立に協力をしている。その際、松山と隈川は慶應義塾医学所の精神を成医会講習所へ導入した。

なお、現在ある慶應義塾大学医学部の前身である慶應義塾医学科予科は慶應義塾医学所の人材や体制を直接受け継ぐことなく、福沢諭吉の意志を想起して、1917年に設立されている。これらの事情から慶應義塾では「慶應義塾医学所の精神は、現在ある慶應義塾大学医学部ではなく東京慈恵会医科大学に受け継がれている」(学校法人慶應義塾「慶應義塾百年史」1965年)と記している。

さらに松山の信念から同講習所ではドイツ語ではなく英語による医学教育が実践された。当時、帝國大学がドイツ流であったことから「日本橋の南にドイツの風は吹かない」という評価が当時の新聞に掲載されている。

また、鹿鳴館婦人慈善会図の錦絵が描く鹿鳴館を舞台とする婦人慈善会の行った慈善バザーは、もう一方の前身である有志共立東京病院に対する経済的援助を目的にしたものでもあった。

1921年には私立の医科大学で初めて旧制大学に昇格した。


年表
1881年 成医会講習所開設
1882年 有志共立東京病院発足
1887年 東京慈恵医院医学校に改称
1907年 東京慈恵会医院専門学校に改称
1921年 大学令による大学へ昇格、東京慈恵会医科大学に改称
1952年 新制大学へ移行


基礎データ

所在地
西新橋キャンパス(東京都港区西新橋3-25-8)
国領キャンパス(東京都調布市国領町8-3-1)

校歌
東京慈恵会医科大学の正式な校歌は現在はほとんど使用されていない。学生歌には『第一学生歌』(作詩:川路柳虹、作曲:大和田愛羅)と『第二学生歌』(作詩:松村一雄、作曲:堀内敬三)があるが、学生が部活動や飲み会などにおいて自主的に歌うのは前者が大半であり、入学式においても前者のみが斉唱されている。
それゆえに大学関係者の認知度としては『第一学生歌』が事実上の校歌となっている。


(出典;Wikipediaより)
東京慈恵会医科大学紹介サイト

東京慈恵会医科大学医学部受験の家庭教師

東京慈恵会大学医学部の受験での合格を実現するために家庭教師を検討していただくサイト